高松高等裁判所 昭和28年(う)299号 判決 1953年7月27日
控訴人 被告人 下林稔 外一名
弁護人 近藤勝
検察官 高橋道玄
主文
本件各控訴を棄却する。
理由
被告人両名の弁護人近藤勝の控訴趣意は別紙記載の通りである。
控訴趣意第一点について。
論旨は原判決が被告人等が原判示藤本文子方において同人に対し脅迫行為をなす前にクリーム、剃刀、ネクタイ等を窃取した行為をも強盗罪に問擬したのは法律の適用を誤つていると主張する。
しかし同一家屋内において先ず金品を窃取し更に引続き家人に対し暴行脅迫を加えて金品を強取したときはこれを包括的に観察して一個の強盗罪を構成するものと解すべきであるから、原審がその認定した事実即ち被告人等が共謀の上原判示藤本文子方において先ずクリーム一個、剃刀二挺及びネクタイ一本を窃取した後物音に目覚めた右文子に誰何されるや原判決認定の如き方法で同女を脅迫しその反抗を抑圧して同女より現金五百円を強取した事実に対し刑法第二百三十六条第一項を適用し単一の強盗罪として処断したのは正当であつて、原判決は何等法律の適用を誤つていない。従て論旨は理由がない。
同第二点について。
論旨は原判決が本件を強盗と認定したのは事実誤認であり本件は恐喝罪に問擬すべきであると謂うのである。しかし原判決認定の如く深夜被告人両名が覆面して被害者藤本文子の前に立ち被告人下林において両手を上衣のポケツト内に入れ恰も兇器を隠し持つて居るかの如く装い右文子に対し「金を貸せ、命は惜しくないか」等申向けて同女を脅迫したこと、而してその脅迫は右文子の反抗を抑圧するに十分な程度であつたことは原判決挙示の証拠に徴しこれを認めることができ、原審が本件行為を強盗と認定したのは蓋し相当であると謂はなければならない。原審が取調べた各証拠を検討し論旨の援用する事実即ち被告人等と右文子との間に交された問答、被告人下林はその際剃刀を所持していたにも拘らずこれを利用しなかつたこと、右文子は相当精細に犯人の人相脊丈服装等を観察していること等を考慮に容れても原判決の認定が誤であるとは認められない。所論の如く本件行為を恐喝行為と見ることはできず、論旨は採用し難い。
よつて本件各控訴は理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条により主文の通り判決する。
(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 浮田茂男)
弁護人近藤勝の控訴趣意
第一点原判決は罪となるべきものとして起訴状記載の公訴事実を援用したので公訴事実をその侭判示せられたものであるが、その公訴事実中被告人等は強盗の目的を以て藤本文子方に侵入し、クリーム一個、剃刀二挺及びネクタイ等を窃取した事実を強盗に問擬したのであるが被告人等がたとえ強盗の目的で屋内に侵入したとしても強盗罪の構成要件である暴行又は脅迫の手段によることなくして前記の物品を窃取したものであつてその直後その同じ機会に強盗行為が行われたとしてもこれを包括的に見て窃取行為を強盗を以て問擬すると言うが如きは法の解釈を不当に拡張して之に適用したものと言うべくこの点において原判決は違法である。
第二点原判決は本件事案を強盗罪と認定したのであるが強盗罪は賍物奪取が相手方の反抗を抑圧する程度の暴行又は脅迫の手段を用いなければならないことは異論のないところである。そこで本件の事案を審査するに被告人等が強盗の目的をもつて藤本文子方へ侵入したものであるか否か甚だ疑わしく被害者に対する被告人等の態度を見るに、オバサン金を貸して呉れと隠かに言葉をかけ、金はない、何処から入つたか、処と名前を言うたら金を貸すが処も名前も判らぬのではどこへ取りに行つたらええか困ると言うて断り、飯を食うて居らぬと言えば飯なら麦飯じやがあるから食べ金は明日借りて置くからと言うて断り、オバサン命は惜しくないか(此の点被告人は否認するところであるが)と言うたので被害者は怖れて手提金庫の金を出したと言うのであるが(被害者藤本文子尋問調書)被害者は相当落付を見せて居り、相当心に余裕をもち怖れて金を出したものではあるがその意思の自由を全く失い反抗を抑圧せられていたものであつたとは見えないのである。被告人等は被害者を脅迫する直前剃刀二挺窃取して居りながら之を示しても居らず只被告人下林はジヤンバーのポケツトに手を入れ恰も兇器でも持つて居るように装うたと言うのであるが(被告人下林はこの点を否認している)若しかかる方法で脅迫する意図であつたものとすれば下林は剃刀を所持しているのであるから装うまでもなく之を被害者に示して居らなければならない筈である。何を好んで装う必要があつたか解し難いところである。又当時被害者藤本文子は被告人等の人相風采につき、大きい男は人相は丈五尺五、六寸位で脊の高い年令二十四、五歳位色白の目のキリツとした一見美男子で首に巻いたマフラーで鼻から下をかくしマフラーはラクダ色で地は毛糸の様でした。着衣はビロードの茶色ジヤンバー薄茶のズボンゴム長靴を履き言葉は岡山弁の様でしたと誠に精細な観察をしているのである。強盗に襲われて意思の自由を失い反抗を抑圧せられたものとしては余りにも観察が細か過ぎるのであつてかかる点から見ても反抗を抑圧する程度の脅迫を受けたものとは解し難い(被害者の供述調書)。以上述べた事実等から判断しても本件の脅迫行為は反抗抑圧程度のものではなかつたことが窺われ従つて本件は強盗ではなく恐喝であると言うべきである。然るに原判決は被告人等の行為を強盗罪であると認定したのは事実誤認の違法の判決であり、かかる違法は当然判決に影響を及ぼすこと明らかであるから原判決は破毀を免れない。